めでぃあリレーこらぼ HTV
田坂るりの My Sports Diary
黒田博樹投手のことを思うと清々しい気持ちになる。
大切なエースを失ったショックな年の始まりに、なぜそんな気持ちになれるのかなあ? 考えてみた。
それはきっと、黒田投手の決断がいつも『芯がぶれてない』ものだから。だからこそ、例えば…、
「カープファンを敵に回し、カープの選手に向かって投げる自分を想像できなかった」。
黒田投手が一昨年、カープに残留した時のこの言葉は、とてもシンプルだけど、こんなに嬉しくなっちゃう残留宣言はない! ですよね。
そんな黒田投手の『芯』は、決して仰々しいものじゃなく、人としてとても基本的な『優しさ』や『強さ』なんだと思う。 黒田投手の思い出はいくつもあるけど、今、私が思い出すのは、決して『大きな出来事』じゃない。
例えば…、今から11年前の沖縄キャンプ。私たちのカメラクルーは、『期待のドラ1くん・澤崎投手』を追いかけていた。練習のわずかな移動時間に捕まえては、キャンプの感想などをきくのである。ワサワサと選手に近付いては、言葉をもらってそそくさと去って行く。そのとき、澤崎投手のやや後ろを歩く、同じくルーキーの黒田投手の表情が私の目に入った。何ともいえない表情だった。 『ドラ1くん・澤崎投手』にあれこれ声をかけ、すぐ横にいるドラフト2位 の黒田投手の横は素通りするテレビクルー。黒田投手は、そんな私たちを軽蔑したんじゃないのかなあ。その時の事が、私の胸にずっと残った。
やがて、カープの大エースになった背番号15。ある年のキャンプで、いくつかのテレビクルーが、黒田投手にもぐれついていた。ある程度、取材が終わった所で、黒田投手が独特の大阪弁で言った。「彼にも、ちゃんと取材して下さいよー」 。
彼、とは、一緒に移動していた菊地原毅投手。喋ってみても口下手な感じのする中継ぎ投手だ。『派手なもの好き』(あえてそう書いちゃいます)のテレビは、あまり声をかけないタイプ。
けれど、チーム内では『ひょうきん者』として通っていたらしく、(もちろん投手としても、貴重な左の中継ぎとして、その後、一時は『稲尾和久に並ぶ最多登板記録』を作る活躍も!)きっとそれをふまえた黒田投手の一言だった。
それを受け、菊地原投手は独特のしゃべりで、その場を和ませてくれた。そして何より、周囲の人を不愉快にさせない黒田投手の気遣いに恐れ入った。 「やっぱりそうだ。黒田博樹という人は、人の心の機微をとても敏感に感じる心と、それを大切にする強さを持っている人だなあ」と。
そんな、一見小さな事だけど、人としての『優しさ』『強さ』が芯にあるからこそ、どんな大きな決断も、至ってシンプルで心地よい結論になるのでしょう。
今回の新聞報道によると、ドジャース側の4年契約の提案を、「3年にしてくれ」と、選手側からとしては異例の申し入れをしたそうだ。又いつか日本に帰ってきたい。その時は、やはりカープしか考えられない、と言ってくれたとか!
ドジャーブルーのユニフォームに身を包みながら、一言の英語も使わず、おそらく全編大阪弁で通 した黒田投手の会見の映像を見ながら、思った。
いよいよ『本当の日本男児』がアメリカで勝負するんだ。 『しなやかな優しい強さ』を兼ね備えた黒田博樹のメジャー移籍は、そんな新鮮なワクワク感を感じさせてくれる。
PROFILE/田坂るり
スポーツ元気丸で広島の顔として大活躍。
自らを「石橋を叩いて渡る」慎重派と分析。
しかし、決めてしまったら突き進むタイプでもあり、何でもチャレンジする!
広島テレビ「進め!スポーツ元気丸」 毎週日曜日 22:56〜
URL: http://www.htv.jp/genki/
Copyright (C) 2007 Hiroshima Athlete